エレクトロは制御室に一人だった。
 接続器具であるイスに掛けてずいぶん経つ。施設のシステムを監視していたが、パネルを操作するほどの問題が起こることもなく、エレクトロはずっと座しているだけだった。この調子なら人間と接することもないだろうと、『ヒトとしての機能』も順番に切っていった。嗅覚、聴覚、視覚、ボディの駆動装置も眠らせておく。それらを落としたところで処理能力が上がるかといえば、上がるだろうが、処理すべき仕事がないのでこれといって意味はない。ただ、今は無駄な機能だから切っただけだった。
 そうしてエレクトロがほとんど処理装置に成り上がった頃に、入室申請の信号が舞い込んだ。エレクトロの手を必要とせずに許可が降り、同時に制御室のドアが開く。制御室の入室ログが更新されたのは三日ぶりだった。
 施設の心臓部である制御室だから、と正常の動作だと知った上でエレクトロは入室者をログからチェックする。数少ないヒューマノイドのIDがログに並んでいた。これなら起きて対応する必要ないだろうと判断し、微動だにせずシステム監視を再開する。
 ところが、エレクトロの人感センサが入室者からのコンタクトを捉えた。すぐさま眠らせていた『ヒトとしての機能』を立ち上げる。
「エレクトロ」
「なにかなボルテージ」
 と、エレクトロが返事をできたのは二度目の呼びかけだった。それでも、返事ができただけで口以外は動かない。顔を向けることも目を合わせることもできない。
「眠っていたのか」
「ああ、必要ないだろうと判断したんだ」
「そうか」
 順番に起動して、エレクトロはようやく目の前に立つヒューマノイドを視認した。確認するまでもなく間違いなくボルテージだった。彼ならボディを頼りにしたコンタクトは不要だが、わざわざ足を運んだからには何かしらの理由があるのだろう。その用件を尋ねようとしたところで、ボルテージが口を開いた。
「視覚を落とすのは構わないが、エレクトロ。同時に目を閉じろ。グラビティ達が怖がる」
「え、怖がる?」
「お前はグラビティと大和とアクティにはヒトとして接している。ヒトは目を開けたまま静止しない」
「ああ、そっか。万が一ってこともあるもんな」
 彼らに制御室への入室権はないが、それ以外の場所でこのようなことが起こる可能性がある。後回しにしていた瞼の動作も起動してまばたきをする。制御系統の修正はすぐに完了した。
 ボルテージは、それっきりだ。何か発言する気配もなく、ネットワークを介して接触する予兆もなく、黙ってエレクトロを見ている。
「ボルテージ、俺に用があるんじゃないか」
「エレクトロを見に来た」
「見に? 何の必要があって見に来たんだ」
「君が俺に言った。少なくとも三日に一度は顔を見に来いと」
 それはおかしいとエレクトロはすぐさま判断する。そんなことは依頼も命令もしていない。エレクトロの記録にはどこにもなかった。そもそも、ボルテージと会話をした回数は片手で足りる程度しかない。データのやり取りならまだしも。
「覚えがないんだけど」
「バージョン1.07の君の要望だ」
「ああ、そういうことか」
 記録がないはずだ。エレクトロはバージョン3.00に更新してから記録を一新した。過去の記録も保存してあるが、今のエレクトロに閲覧権はない。エレクトロが知っているのはいつ更新されたのかという時間情報だけだった。1.07というと、ずいぶんと昔の話だ。四年七ヶ月も経っている。
「要望の修正がないからこれまでも従っていた」
「そっか。律儀だな」
「お前が不要だと判断するのなら、この要望は取り消すことができるが、どうする」
 不要、と即断することはできなかった。つい今しがたボルテージに『ヒトとしての機能』の修正案を受けたばかりだった。
 少なくとも三日に一度、ボルテージはエレクトロを見ている。その度にエレクトロの不備が修正される可能性がある。ボルテージは表情の再現も、発言の多様性も少ない一方で、ヒトの機能をよく取り入れている。不確かな要素だが、感情や動作の機微に聡いというべきか。
「いや、取り消さない。そのまま続けてくれ。それともう一つ追加の依頼をしたい。俺がヒトとしておかしかったら、こっそり教えてほしいな」
「判った」
 頷きもせずにボルテージは退室した。蓄積した退室ログが壁のモニタに表示される。そのIDを目で確認した後、瞼を下ろす。それから視覚の機能を落として、エレクトロはシステム監視を再開した。

ボルテージ誕生日…とは関係ない。ギガデリ達がいない頃の話
180929

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