ボルテージに呼び出されたのは、年に数回行われる大規模メンテナンスの実施日だった。
 全てのメンテナンスが完了するには丸四日。三日目はヒューマノイド達の通信機能も使えないから、前日までなにをしていようとどこにいようと、全機体が施設に召還される。
 俺も例外なく、昨晩戦場から戻ってきた。グラビティは休めるって喜んでいたけど、ボディの損壊がない俺にはその必要がないし、やることもない。エネルギー節約のために眠っていようか。そう決めつつ、念のために食堂に向かった。
 もちろん食堂に用はない。俺の目的は、食堂前の通路に置いてある伝言板だ。通信機器が使えないとはいえなんてアナログな、と呆れたような感心したような感想が出たのも昔の話。メンテナンスの度に伝言役として駆けずり回るアクティが不憫、と言ってシークさんが設置したホワイトボードは、今では欠かせない道具らしい。
 らしい、というのは、俺は使ったことがないから。なにせ、戦闘用のヒューマノイドは電波のない場所じゃ使用されない。だから、俺がこのボードをチェックするのは、メンテナンス日の朝は必ず伝言板を確認せよという規則があるからで、俺個人が必要に駆られているわけじゃない。
 はずだった。なぜか、俺宛てのメッセージが綴られていた。



「なんで、今日?」
「お前と俺の体が両方空いている日がここだった」
 指定された時間、指定されたラボに入ると、既にボルテージがいた。
 至極わかりやすい理由を簡潔に告げられて、なるほどと頷く。でも、ネットワークもなしにできる作業なんて多くない。
「お前の戦闘データが欲しい。俺のデータと合わせて、パッチを作る」
「ああ、雷龍用の。構わないけど」
 データのことなら、わざわざ会わなくてもいいだろとか、ネットワークが繋がっている時じゃないと送受信できないとか、とにかくいろいろと納得がいかない。
「エレクトロはこの先も戦場にでずっぱりだろう。個人データのやり取りは外でやりたくない」
「そりゃそう……ああ、ハッキングされたくないってことか」
 確かに、俺はしばらく出撃が続いているし、向こう一週間ほどは施設には戻らない予定だ。メンテナンスさえなければ今日だって前線に立っていたはずだ。安全が保証されていない戦場で、戦闘データなんて重要な情報のロックを外すことはできない。盗まれたらひとたまりもない。
「わかった。で、どうやって送る? まさか口頭で説明しろなんて言うなよ?」
「これを」
 ボルテージが取り出したのは極太のコードだった。目測による長さは50センチ。短いけどその太さだけあって、受け取った瞬間にずしりと重量がかかる。これをどうしろというのだろう。ボルテージを見上げると、胸のコネクタをカンカンと爪で叩かれた。それでようやく気付く。伝言板と同じく、アナログな方法で解決するということか。
「こんなものがあったなんて、知らなかった」
「通常では使われないからな。だが、もしもの為に作ってはあった」
「覚えておくよ」
 差し込み口を合わせる。が、はまらない。
「なんか、うまくはまらないな」
 ぐりぐりと押し当ててみてもはまる気配はない。
「無茶をするな。目印になる凹凸があるだろう」
 別のコードをボックスから取り出しながらボルテージは言う。そうかもしれないけど自分の胸はよく見えない。ここは文字通り、ボルテージの手を借りようか。
 作業を続けているボルテージの手首を取る。前触れなく触れたから驚いたんだろう、ぴたりと動きを止めた。構わずにその手にコードを握らせる。
「……エレクトロ」
「頼むよボルテージ。自分でやるんじゃ力も入れづらいし」
 申し訳ない、という表情を見せるとボルテージは無言でこっちを向いてくれた。真顔のままなのに、ああ、呆れられてるな、とわかるのが彼の不思議なところだ。
 プラグを差し込んでもはまった様子はない。両手でコードを握り直して、ボルテージは再び差し込もうと――――いや、体重をかけた。軽くではあったけど、その動作を予測してなかった俺は一歩二歩とよろけて後退する。胸からプラグが離れる。
 俺とボルテージは、ほとんど同じタイミングで頭をあげて、顔を見合わせた。今度は踏ん張るから、という意味を込めて苦笑する。やっぱりボルテージは無反応で、それどころか、黙ったまま片手を背中に回した。
「え、なに」
「動かなくていい、力を抜いていろ」
 左の肩甲骨辺りをぐっと押さえられる。同時にコードを押し込まれて、ガチンと重い音がした。
「っ、苦しい」
「嘘つけ」
 俺の抗議は涼しい声で流される。機械が胸を圧迫されても息苦しさなんて感じないから、ボルテージの反応は当然だろう。今のは状況を客観的に鑑みての『自然な』発言だ。
 軽くコードを引っ張って外れないことを確認したボルテージは、反対側のプラグにコネクタと細いコードを取りつけて、それを自分の後頭部に挿す。すぐに通知が来る。一応、IPを確認してから接続を許可する。これでボルテージと繋がった……物理的に。
「じゃあデータはそっちに送るから……ああ、なんかこのやり方、一周回っておもしろくなってきた」
 二本のコードを繋げても長さは2メートルそこそこにしかならない。仕方ないから、俺とボルテージは至近距離で向かい合ったままだ。送信時間は二分、映像付きの大きなデータだから少し時間がかかる。気まずいわけじゃないけど、手持ち無沙汰には違いない。だから、ボルテージに接続したコードに手が伸びた。
「いいなあ。俺も細いコードがいい。俺のコネクタってなんでこんなにゴツいんだろう」
 反応はない。ボルテージが機械相手じゃ雑談の一つもしないヤツだってことは知っている。返事がないのをいいことに、コードを持ったまま根元へ、接続部まで逆上る。背後に回って、予測とは違う構造に「あれ」と声を漏らした。メットに繋がっていると想像していたコードは首筋に刺さっていた。ヒトそっくりに作られた体の一部が直線的に切り取られて穴が空いているのは奇妙な光景だ。俺自身が、機械であることを主張するように金属を露出させているから、よりそう捉えるのだろう。
 じっと観察していると、「おい」と無機質な声に呼びかけられた。
「送信は終わったぞ」
「わかってるよ。これ抜いていいか?」
「ああ」
 了承を得てコードを引っ張る。見た目通りに軽く抜けて、そのうえフタがスライドしてすっかり差し込み口が見えなくなる。なるほど、これなら普段は接続部は目につかない。「うわー、これいいなあ」と羨ましがってみせたのを聞かないふりをして、ボルテージは俺の胸からガチャンと音をたててコードを抜き取った。その表情は、珍しく渋かった。渋い表情が珍しいんじゃなくて、表情を作るのが珍しい。
「……見られるの、そんなに嫌だった?」
「凝視されて気持ちが良いわけがないだろう」
 そりゃそうだけど、ボルテージでもそういうの気にするんだな。話のネタになるかもしれないから、その情報と今の顔を記録しておく。
 コードを預けるとボルテージは表情を引っ込めた。
「パッチができたら知らせる」
「オーケー、それじゃ今度……有線で?」
「無線でだ」
 即答したボルテージがジョークを返してくれないのは相変わらず。今は構わない。それでも、またボルテージの珍しいところを目に収めるため、今度の機会までに彼が驚くようなことをしてやろうと決めた。

雷々をコードで繋げるネタ自体はムビキャラにハマった当初から考えてた。だいぶ形を変えて腐向けじゃない方向に落ち着けたのがこの話。でも書いてる人の脳内は全く清らかじゃないんだなあロボットハアハア
181002

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