鏡に映った己の首筋には、しっかりと歯形がついていた。
 いつからかは覚えていない。いつの間にか、ネーベルスタンは体を重ねると必ず首筋を噛むようになった。それも、決まって太い血管が通る上を、だった。
 愛咬なんて可愛いものじゃない。喰い破らんばかりの勢いで噛みつく。実際に流血沙汰になったことはなくとも、ぞっとしたことは何度もある。けもののような目をして食らいつく時などは特に。そういう時に視るネーベルスタンのアニマは、こちらが狼狽えるほどよろこびにうち震えていた。
 それでも、文句こそ言うが、ナルセスはやめろとは言わなかった。
 そうまで悦ぶなら、勝手にさせてやる。好きにすればいい。



 背を向けた首筋には、己が残した歯形がついていた。
 ある時に気が付いた。ナルセスは、噛みつくと違う反応を見せる。鬱血の痕を嫌がるナルセスに、屁理屈をこねるように噛み痕をつけてやったのがきっかけで、その日から、ナルセスの体には痣ではなく歯形が増えた。
 やわく押しあてても意味はなく、強く噛めば噛むほどによがる。痛みを快感に変えることはないのにこれは別らしい。犬歯が肉に食い込む直前などは特によいようで、いつも、体をしならせて甘ったるい悲鳴をあげた。
 だから、ネーベルスタンに加虐趣味はなかったが、噛むのをやめなかった。
 そんなに好いのなら、いくらでも噛んでやる。気が済むまで。



「お前、本当に女の相手は向かないな」
 襟の詰まったシャツを羽織って、ナルセスは振り返った。ベッドに腰掛けたネーベルスタンが眉を潜める。「なにが」
「手荒いうえにしつこい。顔が多少見れるだけに、最悪の物件だな」
「女にこれをやるわけがないだろう」
 心外だな。とわざとらしい声音で残念がった。
 ボタンを留めれば、噛み痕は誰の目にも触れない。閨を抜け出せば、凶器は鳴りを潜める。そうして見えないうちになにも消えていく。
「お前だけだよ、ナルセス」
「いらん気遣いだなネーベルスタン」
 残ったのは、二つの思惑だった。

噛みたいベルと噛まれたいナルセス。内容としては相思相愛のツンデレ×ツンデレ…でコメディのはずがそんな面影は全くない。
171117

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